「ご結婚はなさらないんですか？」

赤毛の小さな騎士はいつも、俺を笑わせてくれる。

王位について、数年経った。未だ、後宮に人はいない。王は学生時代に遊びが過ぎ色事に飽きたとも、後宮に入れるほどの人間がいないのだとも言われている。

「シオウ、それは相手がいればこそだ」

だが、出来ることなら後宮にぶち込み、夜毎通うどころか日がな一日側にいたい男はいた。横目でそいつを見てやると、何も知らない顔をして王都の情報誌を読んでいる。憎らしいことだ。

「そんな、ラーグリアス様ほどの方なら、より取りみどりですよ！」

シオウが両手を握って俺に力説してくれた。まったくその通りで、選ぶほど俺には縁談がある。宮中の企み、他国の思惑などによるものから、惚れた腫れたと恋のさや当てをしにくるものまで、飽きる暇もないほどだ。

しかし、俺が後宮にぶち込んでやりたい人間はただ一人であり、また、何より後宮から遠ざけたい人間も同じく一人である。

俺は王だ。

レスターニャ国が王の血族を絶対としない国でも、いずれ後宮に人を入れることになる。結婚は政であるからだ。

「そうだな、選べるから慎重に悩んでいるんだ。一生涯のことだからな」

後宮に人をいれれば、そこに通わねばならないのも、政の一部である。子が王になれずとも、王の子は権力だ。後宮に縁者をいれたなら、子を望む者は多い。

しかし、子を思うなら、レスターニャの王との間にもうけるべきではないだろう。

王の子は、王の資格を持たずとも、王になるために強いられることが幾つかあるからだ。

毒物、呪いに慣れるために、ことほぐまえから呪われる。離乳食に毒薬を混ぜられる。王の資格を持って生まれなければ、禁術をかけられ、寿命を縮めても資格を取得させる。

しかし、王に子がいなければ、王の子に資格が身につかなければ、王の資格を持った子供に代わりをさせることになってしまう。

何代かはそういうこともあった。

俺は生まれた時より資格を有し、毒物で死ぬことも、呪いで死ぬこともなかったし、これからもないのかもしれない。毒物や呪いに慣れ、強いが、俺には必ず毒見と呪い避けがいるからだ。

「さすが、ラーグリアスさまです！どっかの独身野郎とは違います！」

どっかの独身野郎は情報誌をめくり、鼻で笑う。

俺は、知っている。その独身野郎が護衛官時代は、ありとあらゆる貴族から見合いの話を貰い、街の娘に憧れられた。護衛官を退いたあとは、年配の騎士に好かれに好かれ、婿入りを勧められている。中でも、俺が学生時にロノが所属していた元南方守護騎士団長と俺付きの元近衛騎士団長など、世話になっていた。二人の娘も器量好しで、片や侍女頭、片や近衛騎士団長だ。両者ともに、王様を愛人にして私達を妻にすればいいのよという豪傑である。

俺が愛人というのは、たとえなのか本気なのか悩むところだ。

「もう少し楽しんだら、愛人でも囲うことにするとかいうんですよ。最低ですよね！」

それは、あの二人の話をうけてのことだろうか。俺はシオウが憤っている様子に首を傾げ、顔はシオウに向けたまま尋ねた。

「本妻は？」

「しばらくは愛人だけでもいいんじゃないですか」

「ホント最低！」

俺はにやけてくるのを我慢しつつ、またロノを見る。相変わらず情報誌をつまらなさそうに読んでいた。

「では、その愛人に立候補しておくか」

「ラーグリアス様！」

「第一愛人の席は空けときますよ」

「おっさんは黙れ」

師匠に対してあんまりである上に、ロノがおっさんなら俺とておっさんである。せめておじさまと言ってもらいたいものだ。

「冗談だ、シオウ」

「ですよね！」

ようやく情報誌から目を離しこちらを見たロノと目が合う。目だけで笑ったのがよくわかり、えらそうな顔をしてやった。

俺も、どんなに周りが焦ろうと嘆こうとせっつかれようと、もうしばらくは結婚しないだろう。