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実は抵抗なんてできちゃいなかった話。
本文はつづきからどうぞ
エイリがシグレの守護を任せられたのは、三回だ。
三回目が長いこと続き、塔長にされてしまったエイリにも高等部三年の夏が来ようとしていた。
「先輩より俺の方が強いと思うのですが」
新一年生もようやく、東西南北四つの塔に配置が終わり、少し落ち着いてきた頃合いだ。実力不足そうな先輩に生意気な後輩が挑むのも、この時期特有の風物詩といえた。
「そうだな。それで?」
「塔長、譲っていただけませんか」
エイリにとってそれは、願っても無いことだ。北の塔長はやりたくてやっていることではないし、北の塔長にもれなくついてくる会長の守護も何度退いてもエイリに回ってくる仕事だからしているだけだった。
エイリの確たる意思があってやっているわけではない。
その上、エイリの場合、塔長だったから会長の守護をしているわけではなく、会長の守護だったから塔長になってしまったのだ。塔長になんの未練もない。
「構わないが」
「……会長様の守護も代われということですが」
生意気な一年生は、エイリが塔長になった経緯を知っているようだ。エイリに念を押すように確認をしてきた。
「構わないが」
エイリは軽く、同じ言葉を繰り返す。
また守護の役割が回ってくるだとか、一年生がエイリに敵うわけがないと慢心しているのではない。
「なめてるんですか」
「いや、俺よりお前の方が適任だと思うからだ。やりたいし、自信があるんだろう?」
エイリは出来ることなら、責任ある立場から退きたかった。
「じゃあ、あんたは今まで不適任で自信がなかったとでもいうんですか」
少なくともエイリは、自ら適任だと思ったことはない。突っかかってくる一年生に首を傾げ、答えを曖昧にする。
「手続きはしておく。一週間後には会長に挨拶に行くからそのつもりで」
一年生はエイリを睨みつけ、納得がいかないのかふくれっ面をするばかりであった。
「退任の挨拶に来た」
「そうか。それで、再就任はいつだ?」
三回目の退任となると、守護されているシグレも適当である。
いつも通りシグレを守るために東の塔の生徒会室にやってきたエイリは、一瞬身を硬くした後、首を横に振った。
「再就任はしないつもりだ」
「……抵抗力のあるお前ですらそれなのに、慣れもしてないやつが俺の守護をするのか?」
シグレが生徒会役員となってすぐの頃、不意に話しかけられると身動きできないという理由だけで、シグレは個室になっている給湯室に追いやられたくらいだ。シグレと毎日顔を合わせておらず、シグレの声に抵抗もできない人間が守護をするのは現実的ではない。それ故、エイリのような中途半端な実力を持つ人間が守護についたのだ。
「今回は抵抗できるやつだ」
「俺の行動を制限するようならダメだが?」
エイリがシグレの守護に二回目の就任を果たしたのは、守護がシグレの行動、言動にかなりの制限を求めたからだ。シグレはストレスと強制された無言を通すあまり、しばらくの間、声が出なくなった。
「一年生だ。強制力はない」
「逆に自由すぎるやつもダメだ」
エイリが二度目の退任をしたのは、シグレの声に抵抗でき、かなりの実力者で、自由な人がシグレの守護についたからだ。しかし、声が出なくなったこともあり、シグレに自由にしていいと何度も何度も進言し始めたため、シグレから退任の要求があった。シグレはシグレの思う範囲で自由にしていたのだが、その守護とは感覚が違ったらしい。
「それもない。後任は、キワ・ウィンザーリヒだ」
「ああ、分家の……確かに適任だな」
ウィンザーリヒ家の人間は、皆同じ魔法を使うわけではないが、皆、言葉の魔法がどういったものかを理解している。だから、ウィンザーリヒの魔法使いを守るなら、ウィンザーリヒの人間が適任なのだ。
「なら、再就任はなしか。そうか……ならば、こいび」
「なんて言おうとした?」
「だから、こい」
「そういうのは、言われたら頷いちまうからやめろって言ってるだろうが。友人くらいに留めておけ」
シグレが不満そうな顔をした。エイリが頷いてくれるのなら、言葉の魔法を使うことくらい迷わない。しかし、エイリがそれを止めてくれるのも、魔法で頷いたが故の関係を嫌がってのことだ。シグレとそういった関係でありたくないというエイリが、シグレは好きである。
だから、不満な顔をするしかないのだ。
そうして生意気な一年生であるキワ自身すら納得のいかぬまま、塔長の交代はなされようとしていた。しかし、生意気な一年生が納得しなくても進む事柄は、塔の人間の大多数が納得できなければ進まない。
「なんのために八百長までして塔長にしたと思ってんだ」
「八百長でなったんだから、俺より強い一年、しかもシグレの守護に一番いい人間だぞ。何が悪いんだ」
エイリを塔長に仕立て上げた塔の二番手であるヒカミは思い切り眉間にしわを寄せる。
「俺はケツの青いクソ生意気なガキに使われないためにもおまえを人柱にしたんだよ。いいから、闘え」
「本音だだ漏れじゃねぇか」
エイリは訓練用の剣を手に持ち、深い深いため息をつく。友人の我儘だけで塔長を誰にするかは決められない。エイリが塔長になったのは、それが塔の人間にとって一番都合が良かったからだ。
だからこうして、訓練用の剣を持ち、キワ・ウィンザーリヒと手合わせする運びとなっているのも、塔の人間の都合である。
「闘ったところで、今回は八百長ができねぇだろ」
「お前は自己評価が低すぎる。あの一年よりお前が弱いとでも?」
友人の言うことに思い当たることがないではない。エイリはヒカミと同じような顔をした。
「……あれは、弱いことの証明だ」
ヒカミは肩を落として、首を振るばかりだ。
エイリは仕方なく、訓練場の中央へと足を向けた。
エイリはシグレの言葉に抵抗できる数少ない人間の一人だ。それというのも、エイリにはシグレのお願いが誰よりも効くからである。エイリにはシグレの言葉や声はまったく効かない。それよりも、シグレの言葉の裏にある感情そのものにエイリは動かされる。
シグレに固有能力ともいうべき魔法があるように、エイリにも、ひいてはグラウベル家にも特別な力があった。それはグラウベル家の人間でも顕現する者が少なく、顕現しても勘がいい程度のものだ。グラウベル家のものはそれをサトリといった。
サトリは人の感情をうかがい知ることができる能力だ。グラウベル家では便宜上サトリと言っていたが、勘がいいという程度の能力しかないため、それで栄えることも有名になることもなかった。
この勘程度の能力を、シグレと接触してしまったがために開花させてしまったのがエイリだ。
能力ゆえに、シグレが本当にそうしたいと願うなら、エイリは言葉よりもその感情に動かされるのである。
有名でもなければ、劇的に何かあるわけでもない。だから、他人には抵抗できると思われているのだ。実のところ、抵抗できているのではなく、誰よりもシグレに従っているだけなのである。
「シグレ呼んだの誰だよ」
そしてシグレが頑張れ負けるなといいながら、勝っている姿が見たいと思ってしまったら、エイリは十二分以上の力を出し切ってしまう。
「皆の総意だ」
エイリはシグレの声が聞こえると、シグレの望むとおりにしか振舞えない。当然、実力が伴わなければ、勝てと言われてどうにかできるものではなかった。
しかし、それが実力が拮抗している、もしくは少しだけ劣っているくらいならば身体の限界を無視すればどうにかなってしまうこともある。
エイリは訓練場から出てすぐ、壁を伝ってズルズルと座り、寝転んだ。
なんとかキワに勝ってしまったエイリは、シグレがいる訓練場で倒れるようなヘマはしなかった。シグレが望んだ姿がそれではなかったからだ。
「俺のこと知ってんの、お前だけなんだけど」
「……皆が会長がこの場にいるのが適当だって判断したわけだ」
恐ろしく勘が良いシグレは、なんだかんだいいくるめてヒカミがいいようにことを運んだことを察知した。
「俺は負けたほうがいいだろうが」
「でも会長は勝ってほしいって思ったんだろ?」
力を入れようとすると、ガクガク震える腕にわずかに力を入れる。握ろうとした拳すら、うまく握れない。
「守護を続けて欲しいって願ったわけじゃねぇよ」
むしろ、逆だ。
シグレの一番最初の願いを超えるような感情は、エイリに今まで一度もぶつけられたことがなかった。
だからこそ、エイリはシグレの言葉に抵抗できているように見えるのだ。
「従わないで欲しいだったか?」
「もっと我儘で切実でたくさんあった気がするが、そんな感じだ」
「それだけで、言葉を無視できてるんだ。いいじゃないか。守護で」
エイリは寝転んだまま背を丸め、頭を抱える。起き上がる気力を失ったまま、深く深く息を吐く。
「いいわけあるか。俺は守護おりて、あいつに言わなけりゃなんねぇんだよ」
ヒカミはエイリを見下ろし、やれやれと頭を振る。
「どうせ、くだらないないことにこだわってるんだろ」
エイリは力なく唸ったあと、少しの間ヒカミを睨み付けた。ヒカミの呆れた表情は、エイリに睨まれても変わらない。
「その能力のせいだから、抵抗できてるわけじゃないとか、ほしいものがわかるとか。どうでもいいだろ」
「これのせいで、余計に肩を並べられる人間じゃねぇとダメだと思っちまうんだよ」
ヒカミはそれを困ったねというかわりに、エイリに手をかざした。ため息のかわりに呪文を小さく唱え、やはり呆れた顔を固定する。
「そういうところ、会長気に入ってるんだと思うぞ」
回復魔法のあたたかさを感じつつ、エイリは黙ってヒカミに背を向けた。頑固な態度に、ヒカミは軽くエイリを爪先でつつく。つつかれるたびにエイリはうなるばかりで、やがて静かになった。回復魔法があたたかく心地よかったため、寝てしまったのだ。
「ひみつのが、幸せだろうに」
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