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犬サイド。
意思疎通ができてるような、できてないような。
主人×犬
随分遠くまで逃げたと思う。
言葉も通じず、誰も知らない国だった。
そこはそこそこ栄えていて、魔法を使える人間など一人もいない。
俺の存在価値は、そこではゴミクズみたいなもので、路地裏に転がる クソ野郎と同じかそれ以下だったろう。
しかし、そのクソ野郎が俺の存在価値を引き上げた。
後で知ったことだが、クソ野郎はレーリズィアス・オルデリク・エイファルソンという、ご大層な名前の支配者階級の人間だ。
常に皮肉に歪む唇と、貧相な赤毛、そばかすが浮く青白い野郎で、ひょろっと長くみえる背を丸め、靴の踵を引きずるようにして歩く。身体も貧相かと思えばそんなことはなく、俊敏に動き、がたいがいい俺もやすやすと引きずる。背を伸ばし颯爽と歩けばそこそこいい男だったのかもしれない。しかし、俺はそんなクソ野郎を見たことがなかった。
いつも何かを警戒しているようで、投げ出している。
俺と同じく追われながらも、恐れるということを知らないようにも見えた。
いつもだるそうで、いつも俺の先を歩く。
だが、たまにこちらを振り返り、後ろにいる俺を確かめて笑う。
最初は、汚ねぇゴミだと思った。路地裏に転がるという自主性すらなく、打ち捨てられているようにしか見えない。このまま腐って誰かが処分するとしか思えなかった。
けれど、クソ野郎は同じようにゴミになった俺をみつけると笑ったのだ。
お気に入りの玩具をみつけた子供のようであり、子供のかわいいいたずらをみつけた父親のようでもあった。その後に残るのは、僅かな喜びで、まるで理由をみつけたというようだ。
俺は国から逃げていた。魔法を使えるということは、何の魔法であっても貴重な材料なのだ。国を維持する部品として、何不自由なく暮らし消費される。
俺の持った魔法は、戦争をするのに役に立った。あらゆる機器が、俺がいるだけで機能しなくなる。それだけの魔法だ。俺はあらゆる戦場に送られた。
存在するだけでよかったが、それだけでは死んでしまう。様々な技能も仕込まれた。
俺は貴重さでは群を抜いたが部品の中でも浮いてしまい、クソ野郎のような顔を向けられたことなどなかったのだ。
つまり、クソ野郎が笑うから、俺はクソ野郎について行った。
俺も人並みとは言い難いことをしてきたがクソ野郎も大概で、逃亡生活は滑らかに誰かが掲げる人間らしさを破棄して続く。人間のクズが二人寄ったところで、より良く逃亡などできようはずもない。金をゆすり、食物をちょろまかし、路地裏に隠れて眠る。こんなものがいつまでも続きはしないと思い、クソ野郎から離れようかと考えるたび、やはり、クソ野郎は笑った。
俺の髪を手で乱暴にかき回し、少しの間それを柔らかく整え、笑う。
俺はその度、帰りたくなる。
まだ俺の魔法が発見されていなかった時、俺の家というべきものがあった。もうすでにないものだ。
帰りたくても帰れはしない。
帰りたい気持ちと一緒に、懐かしさと埋めがたい寂しさがあふれそうになって俺はいつも考えるのをやめるのだ。
「おまえにも人間らしいところがあったんだな」
声をかけられ、ようやく顔を上げた。深く考え込んでいたようだ。血だまりに沈み、ピクリとも動かなかったクソ野郎をゴミ捨て場に隠し、未練がましくそこを見るのをやめた。
「あの男を治してやったんだ、大人しくついてこいよ」
原因はなんだったかわからない。ただ、後ろに居た俺は出遅れて、クソ野郎が刺されながらも追っ手から逃げた。
クソ野郎に刺さったのは玩具みたいなナイフで、それでもクソみたいな逃亡生活を送るしかない俺たちには命に関わる大怪我だ。
俺は縋った。追いかけてきているはずの国の人間に、縋り付き願ったのだ。
縋り付きに行く前、いよいよ見捨てて俺も逃げるべきかと判断しかけた。
しかし、クソ野郎が笑ったのだ。
ナイフで刺されているというのに、後ろにいる俺を見て笑う。
走った。
だって、笑うのだ。
どうしようもない寂しさに、焦燥感が混じり、溺れてしまいそうになる。俺は何も考えられなくなり、応急処置という考えすら浮かばない。
何かに包まれ呼吸もむずかしくなった。息ができないのに、こぼれていってしまう空気や音を漏らさぬように噛みしめるしかない。
助けてほしいと思った。
だってクソ野郎が笑うのだ。
「……かえりたい」
「そりゃあ良かった。大人しく帰ってきてくれるんなら問題ない」
魔法で傷を治し、規則正しく上下する胸を見ながら、俺は考えた。
いつかどこかに帰るなら、どこかで寂しさを埋めるなら、クソ野郎は笑ってくれるのだろうか。
俺に笑って、くれるだろうか。
わからない。
それでも俺は帰るのだろう。
あのよれた背中を眺めるために。