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次回、会長中心になりますよ。
僕×会長
おもったより重症。
本文はつづきからどうぞ。
ここ数年、主人に仕えてからというもの、日々はほとんど同じことの繰り返しであり、季節によって少し違うことが起こる。一年という巡りで考えると、それすらも同じことの繰り返しだった。
だが、主人の実家から住処に帰ってきてからというもの、主人の様子が少しおかしい。
同じことを繰り返しているようで、不意に、主人が違うことをするのだ。
遅くなるだとか、いつ帰ってくるだとか、そういったことは主人が倒れる前と同じように告げられるし、帰れない場合はアロウズから連絡がある。
それは、ここ数年という単位で見れば、頻繁になったし、変わったことになるのだろう。だが、それは長い期間を見て、繰り返しになることであり、繰り返しになったことだ。
主人がおかしいということ、変わったということはそれではない。
俺がいつものようにドアの前で待っていると、いつも通りただいまというが、触ることを戸惑ったり、触ってもこちらを見なかったりするのだ。人間で言うところの思春期というやつなのかもしれないが、それにしても、それが従僕にする態度ではないのは確かである。
もしかしたら主人は呼び出した当初から俺を戦うお手伝いさんと言っていたのだから、そういう感覚なのかもしれない。
そう考えれば、うっとうしい従僕に少し態度を変えても仕方ない。
「……ただいま」
納得はしているつもりなのだが、俺を確かめると、すぐさま視線を逸らす主人を寂しく思うのも仕方ない。
俺は、いつも通り短く吠えた後、主人の背中が見えるようになれば追いかける。
「先輩、お願いがあるんですが」
主人を追いかけていると俺と同じように主人の後ろにいたアロウズが弱ったような声を出した。
俺が見上げると、アロウズはそのまま続けた。
「ルーゼ様に休むようにいってください」
視線を主人に向ける。主人は食卓に向かっていた。
少し疲れているが、他に言われて休むほどの疲れが主人にはみられない。
「鬼のように働いてたかと思ったら、急にため息ついたりするんです」
少し首を傾げる。
俺が見てきた人間で、そのような行動にでるのはたいてい、疲れているというより悩んでいる時だ。
主人は何かに悩んでいる。
思春期で悩むということを考えると、一番最初に思い浮かぶのは、恋愛だ。
恋や愛は、俺たちにとって少しわかりにくい感情だ。
愛情はまだ解らないでもないのだが、恋情というとかなり難しい。
子を持つ機会が少ないこともあるが、気に入ったものを傍に置くことはあっても人間のように何か一つに絞ることはそうあることじゃないからだ。
人間は生殖行為に恋情をともなうことも多いようだが、生殖行為に対する欲求も少なければ、なにが何でも子孫を残そうという気もない。
だから、アロウズが解らず、疲れていると判断するのも解る。先日倒れたばかりなのだから、それにも結びつけやすいだろう。
『それは、もしかしたら』
恋かもしれない。
言いかけて、やめる。
主人は黙々と食事をしていたが、手が止まっているときもこちらを見ることはない。
それは以前からのことではあった。しかし、時折こちらを見ることがある。気がついて主人をみると、当然目が合うが、特になにがあるわけでもなかった。
だが、最近は視線を感じて主人を見ても、目が合うことはない。
少々寂しく思う。
こうして、主人は俺から離れていき、この場所を去って、実家に帰ってしまえば俺の手は必要なくなるのだ。
そして、主人にとって必要のない存在になれば、契約は解除されるのだろう。
『……悩んでいるのかもしれない』
恋だと言わなかったのは、それを認められないからだ。
俺は主人を何人か持ったが、そのうちの数人は、恋というものに振り回された。その間、狼の姿であるのだが、大型犬ほどの大きさであるためか、癒しの道具とされたこともあるし、慰めてくれと言われたこともある。ひどいときは八つ当たりされたり、恋に夢中になるあまり、忘れられるときもあった。
主人に何かを求めることは無かったが、用がないのなら主従の契約は切ってもらいたいと思っていた。
他者に攻撃するために呼び出される種であるのだから、必要でなければ控えるしかない。元の住処に戻ることもできず、主人を待つのは虚しい。
忘れられるのは、なにも恋だけではない。
しかし、主人には、俺たちが理解しがたい感情で忘れられるのは嫌だ。
「え、じゃあ、先輩、相談したりとか」
『何故俺にそれをふる』
「だって、俺に相談なんてしたりしないじゃないですか!あと、経験がたりません」
経験はあったに越したことはないが、相談は経験があるからするものではない。
「……さっきから、なにを話しているんだ」
食事を終えた主人が少し不機嫌そうにアロウズを見た。
アロウズは、少し笑う。ごまかし笑いだ。
「どうしたら、先輩みたいになれるかなって、相談です」
「無理だろ」
「ひどい!」
騒ぐアロウズを主人に任せて、俺は主人がいつ風呂に入ってもいいように準備しに行った。
主人が風呂場に行くと、いつも通り衣類などを置いて、食器を片づける。
その間、アロウズは俺に文句を言った。
「だいたいですね、ルーゼ様は先輩になんでも甘いんです。俺には厳しいのに不公平です!」
アロウズはそう言うが、主人はアロウズに厳しいわけではない。アロウズがよけいなことを言ったり、やってしまったりするから怒るだけだ。
俺に甘いというのは、怖がったり嫌がったりしない限りは、人間は俺に友好的だから、少しはそうかもしれない。
だが、俺はアロウズと違って、自分自身の職務に忠実であり、また、融通が利かないわけでもない。柔軟で優秀な従僕に怒る必要がないのは、ふつうのことだろう。
それを説明したところで、アロウズは倍の文句を言うだけなのだから、俺は黙って皿を洗う。
俺が人の姿になるのを見せてからというもの、アロウズはわざわざ俺がこの姿の時に文句を言ってくる。狼姿の時はなんだか、ちょっと罪悪感があるらしい。
「ねぇ、先輩。ルーゼ様、絶対俺より先輩のが好きだと思いません?」
アロウズは魔女と竜の間に生まれた竜であるからか、人間に近い考え方をする。俺たちも人間に多く触れ合う機会があるのなら、人間の考え方が解るようにもなるし、同調したりするのだから、生まれたときより人間と暮らしているならそうなるだろう。たとえそれが、普通の人間とは毛色の違う魔女という職業でもだ。
魔女というのは、才能であり伝統、そして継承だ。
俺から見ても優秀な主人でも魔女……魔法使いたり得ない。
主人の家系は魔法使いや魔女と呼ばれても差し支えないほどの実力があるといわれているらしいが、魔法使いや魔女はいない。
彼らは、伝統であり、継承であるため、ほとんどいないのだ。
主人の家系は有能な魔法士をよく輩出していると、主人の父君は俺に教えてくれた。
その魔法士たちが魔女や魔法使いに興味がなかったのだろう。一度もそれらを継承しなかったという。
「犬が好きなのでは?」
「嫌いじゃないし、好きなほうだと思いますけど、先輩はなんか特別じゃないですか」
普通の犬と違うどころか、本当は狼ですらないとい。
ある意味、正しく、特別だ。
しかし、主人にとってどうであるかは量りがたい。少し前ならばそれも出来ないことはなかったのだろう。けれど最近の主人との接触具合では、それは容易なことではないのだ。
だから、推測には希望が混じる。
「好意は比べるものではない。あるとすれば、俺とお前の役割の差と少しの時間だ」
今の役割は嫌いではない。
主人に言いつけられたのなら、それが俺の守るべきことだというのも解っている。
けれど、それに不足を感じることもあった。アロウズが俺を特別といって羨むように、俺もアロウズの立場を羨むことが多々ある。
俺たちにとって、主人とは常に特別なものだ。好感があろうとなかろうと、主従の契約を結んだときから、俺たちの絶対なのだ。
「そうですか?」
納得できない様子で口を尖らせたアロウズに頷く。
俺はきっと、アロウズよりも、そうであってほしいと思っている。
主人が倒れてからしばらく。
繰り返しだけの日々が、変化する。
主人がおかしくなったように、俺も少しおかしい。
何故、主人の傍にいないのだろう。
学園に戻って、主人が帰らない夜、思うのだ。
本来、従事するだろう仕事をしていないからかもしれない。だが、その仕事に拘るほどの働き者でもないつもりだ。
与えられた仕事を不足に思うほど、俺には主人が近すぎる。
食器も片付け終わり、一通り人間の手でしたい仕事を終わらせ、俺はいつもの姿に戻った。
ちょうどそのくらいに、風呂場のドアが開いた音がし、俺は頭の中から主人への不満を追い払う。
そうして、いつも通り短く吠えた。
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