書きなぐり 主人は僕に頭が上がらない 忍者ブログ

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ボクではなく、シモベ。

ファンタジーです。
僕×会長

なんですが、どうこうなってない段階。
勢いでやってしまいました。


本文は続きからどうぞ。















主人が、倒れるようにベッドに横になった。
またか……と思い、俺は目を細めた。
傍らに付き従うアロウズに目を向けると、アロウズは主人が寝やすいように衣服を着替えさせてくれた。
この主人とは、人間で言うと長い付き合いがある。
契約したときは珍妙なことをいう人間だなと思ったものだ。今思い出しても、奇妙な契約だったといえるだろう。
何度目かの主人である、ルーゼ・レグアイワは俺を呼んでいったのだ。
「今日からお前は俺の従僕……いや、そんなにやってもらうこともない。掃除洗濯料理……家事全般と家守くらいだ。戦う家政婦だな。そういうつもりでいてくれ」
そういうことは家事が得意な連中か世話好きな連中を呼び出してくれれば良いのに、何故戦闘向きな俺を呼び出したのだろう。俺は少し微妙な気分になった。
だが、俺は一つ吠えてそれに答えると、変わった主人に頭を垂れる。
こうして魔法で呼び出されてしまったら従うしかない。俺はそれを数度経験しているから良く知っていた。
そんなわけであるから、昼間、俺は主人の言いつけに従い慣れない家事全般をそれこそ世話好きな連中を日替わりで呼び出して家事をならってこなし、主人が帰ってくる頃になると本来の姿に似た姿で扉の前で待った。俺の姿を見ると、必ず主人は俺の頭を撫で、小さくポツリとただいまと呟く。俺はそれに、一つだけ小さく吠えて応えた。
数日たつと俺は覚えが良かったらしく、誰を呼び出すこともなく、一人でそれらをこなすようになり、主人がいない間に、細々としたことをするようになった。
俺の毎日は、呼び出されて数年間、同じことの繰り返しで、一年ごとに変わる主人の部屋でも、変わりなくすごしていた。
何日も主人が帰ってこないこともあったが、主人は大抵、帰ってこないときはいつ帰ってくるかを告げていった。そのときは、主人がいつ、急に帰ってきてもいいように待っているだけで、俺の時間は過ぎた。
だが最近、主人はいつ帰ってくるかというのを言わなくなった。
俺なら察してくれるだろうという気持ちからではなく、言っている余裕がないといったところだろう。帰ってきた主人は、疲労を顔に出し、用意された風呂も食事も見ず、ベッドへと倒れていた。
待っている俺を見ると、少しほっとしたような顔をするが、頭を撫でることはなく、フラフラベッドに向かう様子には、不安を覚える。
いつも主人に付き従っているアロウズという、俺と立場は同じようなものだが、格も違えば役割も違うやつにきくと、そいつは苦笑した。
「ルーゼ様は学内で起こっていることの始末をつけようと奔走されています。私は傍らで少しのお手伝いしかできませんが、先輩が待っていてくださるのは、ルーゼ様の心のささえです!」
アロウズは俺よりも格が上であるというのに、呼び出されたのは俺のほうが先であるということと、俺のほうが長く生きているというだけで、丁寧な態度をとる。
俺は少し首を振ると、主人の毛布を取り出して、主人の上にかけた。
その様子をアロウズが何故か微笑ましそうに眺めていた。
俺が残ってしまった夕飯を思い、食べるかとアロウズに問うと、この上なく嬉しそうに頷いた。アロウズは食い意地が張っている。
夕飯を暖めるための魔法を使いながら、朝飯はいつでも何処でもすばやく食べられるものをと思い、サンドイッチをつくろうと思った。



主人が起き出す前に起きることはそう難しいことではない。
しかし近頃の主人は寝たかと思ったら起きてくる。こちらに寝る隙も与えないほど睡眠時間が短い。
主人は俺が寝ていようと、そうでなかろうと関係がない。それなりに情はあるようだが、それなりはそれなりだ。
人間と同じように俺たちを扱うようなことはない。
そして、俺たちは人間と同じではなかった。
起きていようと思えばいくらでも起きていられる。
主人が寝る時間を惜しむというのなら、俺は寝なければいい。
主人が出て行く前に忘れないように勝手にカバンの中に朝と昼の食事の入った箱を入れて、アロウズにそれを伝えておく。
アロウズが少し、いいなぁという顔をしたので、アロウズの分もあると言っておく。食い意地の張ったアロウズのことを主人は、あの野郎のもの欲しそうな顔で見られるとなんだか、こちらが悪いことをしている気になるといっていたから、アロウズの分を入れることを忘れなかったのだ。
俺は主人が起きるとすぐに風呂に行ったのを見届け、衣類を脱衣所に置く。
飲み物が入った器を一応机に置いたあと、俺は机の横で主人を待った。
主人は机の傍までくることなく、カバンを手に取り出て行こうとしていたので、俺は一応机から離れて、人間が声をかけるように吠えた。
主人は俺の存在に気がついたようで、振り返り、一瞬微笑むとポツリといってきますと言った。
久しぶりの挨拶であった。
主人を見送り、いつも通り家事をこなしていると、昼になる前に、アロウズが俺に話しかけてきた。
主人の傍を離れることのないアロウズが、主人のいない場所にいる俺に話しかけてくるのは魔法の一つで、特別なつながりがなければできない魔法だ。俺とアロウズの場合それは主人に従っているというつながりであり、この魔法は主人の魔法でもある。
そのため、主人に何か起こった場合、主人の状態の変化が魔法へも影響を及ぼす。
アロウズが話しかけた時は、途切れ途切れで、しかもアロウズがいやに焦っていた。
これは何か大変なことが起こったに違いない。
俺は思った。
だが、俺が契約したのは、家事全般をこなすこと、家を守ること……ひいては、主人の生活するこの部屋を守ることだ。
この部屋を主人の許可なく離れることは契約違反である。契約違反をした場合、主人の定めた罰則が俺に降りかかるし、部屋を離れるとなれば俺は思うように動けなくなる。
しかし、今回は主人に何かあったようだし、主人の傍にいるはずのアロウズも俺に話しかける……助けを求めるほどの事態だ。主人の魔法もうまく機能しないくらいである。契約は話しかける魔法とはすこし違う法則の魔法だが、俺は迷わなかった。
数年、正確に言うと四年と数ヶ月、主人といた。主人は家事全般を得意としないため、俺を呼んだようだが、挨拶を交わし、ふれあい、何かいいでもなく悪いでもない日々をすごした。
主人が俺に少し情を感じているように、俺も主人には情がある。
こうして本来の力を封じられ、全身に痛みを感じても駆けられるほどだ。
「うっわ、でっけぇ犬!なぁなぁ、お前、どっからきたの!」
途中、人間の美醜からいうと、美しいとはいえない子供が俺を触ろうと近寄ってきたが、俺はそれを避けると、主人の気配と匂いを頼りに走った。子供は怒鳴りながら執拗に追いかけてきた上に、癇癪を起こしたように魔法まで使ってきたが、あまりにも素直すぎる攻撃に、全身が痛んでも避けることができた。
邪魔だと思ったが、人間を不要に傷つけると、いいことはない。俺たちにルールがあるように、人間にもルールがあり、人間を俺たちが傷つけることは同じ種族である人間たちより罪が重い。その上、俺を従えている主人にも非が及ぶ。それは避けたいものだ。
色々と考えているうちに、主人のいるだろう場所にたどり着いた。そこのドアは閉じているが、鍵はかかっていないようだ。
俺は前足で少しドアをずらし、鼻先でドアを開ける。そこにはオロオロと位置が定まらないアロウズがいた。
人間には見えないように姿を消していて、俺が部屋に入ると、アロウズはようやくこちらを向いた。
「ルーゼ様が……ッ」
あわてすぎていて役に立たないアロウズに、目を向けるのはやめ、アロウズと同じくらいにこちらを向いた人間に目を向けた。
その人間は白衣を着ていた。
「君は……」
人間に要領よく話すには、この姿では難しい。
しかし、ここで人の形になるのは更に難しい。
俺はアロウズに話しかけた。
アロウズはそこにきて漸く、人間にも見える姿になった。
「先生、ルーゼ様の……なんていったらいいんですか、お、お手伝いさん……?」
主人がどう思っているかはこの際関係ない。
僕でいいのだと伝えると、アロウズは微妙な顔をした。
「あ、家族!お母さん!お母さんの……、名前は言って良いんですか先輩」
なんとも頼りない後輩だ。
俺は一つ吠えた。
「あ、しもべ……じゃなかった、お母さんだけでいいんですね。お母さんです!」
まごつき、お母さんを連呼した挙句、満足げな顔をしたアロウズに、アロウズの言うところの先生、……おそらく、この場所の医者であろう人間が笑った。
「ああ、じゃあ、お迎えの方と思って良いんですね」
「はい!」
この後輩をどうなじったものか、俺は少し考えたが、あとにすることにした。
それよりも、主人が大事である。
「あの、先生。ルーゼ様はどうしたんですかって、先輩が」
アロウズは俺が来たことで幾分落ち着いたようだが、それでもまだ焦っているようで、普段通りに戻らない。どうも、いつも以上に頼りない。
「レグアイワくんは、廊下で倒れて、ここに運び込まれてきたんです。症状としては寝不足。ちょっと過労気味なんで、ベッドに縛り付けてでも休ませてくださいね」
俺は了承する代わりに、一つ吠えると、アロウズに命令して主人を部屋のベッドに運ぶことにした。
今更、契約違反が一つ増えたところで大差はない。
主人にはしっかり休んでもらうことにした。
「先生、ルーゼ様をお部屋に連れて帰ります」
「うん、そっちのほうが休まるだろうし、そうして。一応治癒魔法をかけてしまったし、かえっても大丈夫だよ」
俺がまた一つ吠えると、アロウズがはっとした。
「あ、あの、先生、ありがとうございます!お母さんもそういってます」
「あは。伝わってるよ、大丈夫。……ところで、触って大丈夫かな?」
人間というのは、俺を見ると、無性に触りたくなるらしい。本物の獣ではないので毛が抜けたりなどはしないが、さわり心地は獣に勝るとも劣らない。触られることには慣れているが、今は全身が痛い。あまり触られたくはない。
「今度、主人の許可がおりて外出できるようなことがあれば、だそうです」
「そう……機会がなさそうだなぁ……」
俺もそう思う。
契約違反をしてしまったのだ。契約を切られてしまっても仕方ない。
「それじゃあ、くれぐれも安静にさせてね」
手を振った人間に、もう一度、短く吠えて、俺はもときた道を歩いた。
再び行きに出会った子供に会ったが、アロウズがいかにも嫌そうな顔で子供を睨みつけるし、やたら子供が絡んでくるしで大変だった。
仕方なく俺が子供をひきつけた。
なんとも乱暴に撫で回され、痛みも我慢した。その上気に入ったのか、俺を連れまわそうとするものだから、アロウズの気配が遠くなったあと、その子供から逃げ出した。
使役魔法まで使おうとするものだから、なんとも礼儀のなっていない子供だなと思いながら、逃げてきた。
それはアロウズも嫌がる子供だろうなと理解してしまった。



俺が部屋に帰ると、主人はベッドで眠っていた。
漸く全身の痛みから逃れられた俺は、本来の力も戻ってきたので、一つ身震いをした。
あっという間に人の形になると、水をいれた水差しを持って主人の様子をもう一度見に行く。
「……、誰だ……」
険しい顔をして、こちらを睨んでくるアロウズに、ため息をつく。
人の形になると、ため息がすぐに出てきてしまう。難点だ。
「お前は先輩の気配すらわからんのか。それとも、まだ動揺しているのか。そろそろ落ち着け、主人は無事だ」
「え。先輩って……本当だ、先輩だ……!」
アロウズの前どころか、主人の前でも人の形はさらしたことがない。だからといって、気配が変わるわけでもなく、俺というものの本質が変わるわけでもない。
姿を変えることができる俺たちは、それを見抜けるはずなのだ。
「アロウズ……、言いたいことは少しあるが、主人が先だ。主人に熱はあるか?」
「ないです。先生が熱はないといっていたし、運んでいたときも平熱でした」
「ならば、起きるまでに少々せねばならぬことがある。これは枕もとの台においておけ」
俺が水差しを渡すと、アロウズはそれを俺の言われたとおりの場所に置いてから、俺をしげしげと見つめた。
「先輩、なんでいつもその格好でいないんですか」
「そうする必要がないからだ。お前と違って、俺は人前に出てもおかしくない姿でいられるからな」
「……ぐ、今度、小さくなる術を学んでおきます……」
俺は首を振った。
「小さくなる術を学ぶことは無駄にはならんだろうが、お前は珍しいからな。普段からその姿でいることを主人が望むとは思えん。人間の形になれるだけで十分だ」
少し不満な顔をされたが、考えればアロウズとて解るだろう。
俺は不満げなアロウズと眠る主人を置いて、寝室をあとにした。
普段の姿では水差しをうまく持っていくには苦心するし、今から主人が起きた時に食べたり飲んだりしてもらうものを作るのは不向きである。
そのために人の形をとったのだが、アロウズに微妙な反応をされるのなら、この姿になるのではなかった。
適当にアロウズをつかっておけばよかったと思いながらも、俺は指を水に着けシンクの上に円を描く。
召喚呪文を唱えると、仲のいい草木の妖精が姿をみせた。
『今日はなぁに?ハーブ?』
たまに料理に使うハーブを分けてもらったりするので、呼び出されてすぐにそういった小さな妖精に首を振る。
「いや、薬草を頼む。滋養がつくものだ。礼は糖蜜入りの水でいいか?」
『瓶にいれて。この前の小さな瓶みたいなの。あのね、友達の水の子が気に入ってくれたから』
前に頼んだときに、礼の水を少し変わった小瓶に入れた。
それを思い出し、俺は少し笑う。
「解った。だが、今はもっていない。後で送っておく。それで構わないか?」
『いいよ!じゃあ、出すね!』
小さな妖精がその場でくるくる回ると、シンクの少し上からふわふわと薬草が降ってきた。シンクの上に落ちてきた薬草を確かめ、頷くと、礼を言う。
「ありがとう、助かる」
『うふふ。楽しみにしておくね!』
「ああ。期待に応えよう」
役に立てたことと、ご褒美のことを考えて嬉しそうに消えていく小さい妖精を見送った。
そのあとに、薬草を集めて、それらを水で洗う。
「粥に少し混ぜる分と……飲ませるにしても飲みにくいな。水差しに少量混ぜるか」





主人が起きた気配を察知し、寝室に行くと、アロウズが主人にすがり付いているところだった。
「何をしている?」
思わず聞いてしまったくらい、わけのわからない光景だった。
主人はこちらを睨みつけた。
不振そうな目で見られていると、感じた。
俺は主人を見つめ返す。いつもと違う。
主人は弱っているらしいかった。迎えにいったときから気配が薄い。寝ているから薄いのかと思っていたが、医者の言ったとおり、疲れているようだ。
「アロウズ」
「ルーゼ様の命で、うまく動けません」
「……抗う術も学んでおけ」
俺はそういうと、主人にまとわりつくアロウズはそのままに寝室にある机の上に色々乗せた盆を置いた。
「縛り付けてでも寝かせておけといわれたからな、申し訳ないが、医者が言うが大事だろう」
ゆっくりと近づくと、俺は主人の肩に手を置いた。
強く押すと、簡単に身体が揺れた。アロウズがまとわりついてるため、ベッドに倒れるようなことはなかった。
「アロウズ、少し退いてくれ」
「はい」
「てめぇ、なんでそいつの言うこと……!」
主人がそういいつつ、アロウズを睨んだ隙を見計らい、俺は主人をベッドに倒した。
「無礼を働いて申し訳ない」
そう思うならするなと目が訴えていた。
言わなかったのは、ベッドに倒した後、すぐに俺が主人の喉を圧迫するように腕で押さえつけたからだろう。
俺は主人の強すぎる視線を隠すように、目を手で隠す。
主人は俺の腕をどけようとしていた手を片方外して、俺が置いた手に手を伸ばしたが、俺が一言呟くほうが速かった。
「眠れ」
主人の抵抗むなしく、俺の言葉通り主人は眠りへと落ちていった。
「……いいんですか、魔法まで使って」
「今更、違反ごとが一つ二つ増えたところでなにも変わらない。契約を破棄されるのは覚悟している」
「え、破棄されるんですか!」
「かなり、違反した。主人が起きてどう反応するかだ。起きるまでに、話を聞ける程度くらいには落ち着くように仕向けるか」
俺は再び草木の妖精を呼びながら、これは高くつくなとため息をついた。
本当に、この形をとると、よくため息がでるものだ。





意識が覚醒して少し、何かの花の匂いがした。ラベンダーだろうか……そんなことを思いながら、瞼を開ける。
「ルーゼ様!」
「……」
俺がぼんやりと天井を見上げていると、アロウズが俺を覗き込み、嬉しそうな顔をした。
「今度は落ち着いてらっしゃる!」
アロウズは口から生まれたのだろうか。いつも、余計に一言多い。
俺はおそらくラベンダーであろう、ほのかに香る匂いをかぎながら、眉間に皺を寄せた。
不愉快なことを何点か思い出したからだ。
季節はずれの転校生という名の迷惑なクソ野郎の騒ぎ、それのおかげというか、たまる一方の仕事を処理した結果で、意識が途絶え、気がついたら部屋にいて、アロウズが安静にとか、寝てくださいだとかすがり付いてくるのを命令して退けようとしているところに来た誰だかわからない男。
あの男はこともあろうか俺をベッドに押し倒し、人の急所を抑えた挙句、眠れと言ってきた。
おそらく睡眠魔法か、暗示の類だろう。
疲れた俺の身体はあっさり眠りについた。
その上、起きた今、香っているラベンダーもその男のしたことだろう。アロウズに其処まで回る頭があるとは思えない。
「あ、これ、食べてください!」
そして、不機嫌ながらゆっくりと起き上がった俺に、アロウズが粥がはいった小さな土鍋を差し出した。
「器に魔法がかかってますから、冷めないそうです」
「……」
粥を用意したのは、きっとシェスだ。
よく気がまわる狼の姿を持った精霊は、こういった細かな用意を忘れない。
きっと、アロウズに起きたら食べさせるように言ったのだ。
シェスのやることは、俺のためになることだ。意識がなくなる前に食べた朝食もそうだ。俺好みの味のサンドイッチで、多めに野菜が入っていて、食べやすく、量も考えられていた。
だから、この粥も俺のためになることなのだ。
俺はそれを食べることにためらいがない。
けれど、今は、喉が渇いている。
「え、食べてくれないんですか……」
気が利かないのはとてもアロウズらしい。
ものを言うのも、喉が張り付いて難しい。俺はアロウズの後ろに見える水差しに視線をむけた。
アロウズも俺の視線を辿り、気がついたらしい。
「あ、飲み物!そうでした!お盆に飲み物といっしょにのせてって言われてました!」
アロウズではなく、シェスが給仕をしてくれれば良いのにと心底思った。
シェスは人の姿になれるほどの力をもっているが、あまり人の姿は好まないのだろう。俺の前でもアロウズの前でもその姿を晒した事がない。無理強いするつもりはないし、この程度のことでシェスに人になれとはあまりに情けない。俺はアロウズに水を貰うと一口飲む。
それは少し甘く、薬草の味と、ほんのり塩の味もした。
「……シェスだな」
「あ、はい。先輩が用意してくれました」
シェスの気遣いが身にしみる。
「シェスは……」
「呼べばくると思いますよ。でも、お礼を作らなければならないと言ってたんで今、妖精へのお礼を作ってると思います」
時々、俺が買ってはいないものをシェスは用意してくれるときがある。そういう時は大抵、シェスが仲のいい妖精に頼んでいるのだとアロウズがよく言っていた。
シェスは本当に、屋敷の執事かメイドかというくらい俺に働く姿を見せない。
しかも、人と会話するほどの知能がありながらあくまで狼のように振舞うため、俺と人の言葉で会話をしたことすらない。だから、いつも、シェスのことはアロウズから聞くことになる。
しかし、長く一緒にいればシェスのすることや、シェスに対する信頼も芽生えるものだ。
シェスは多くを語らないだけであり、いつも俺の意思を汲んでくれる。
だから、こうして俺がシェスの顔を見たいと思うと、何故だかすぐに現れてくれるのだ。
ドアを押し開けて、静かに入ってくるシェスをアロウズの後ろに見て、俺は顔が緩んでいくのを感じた。
「先輩、スゴイ、その極意はなんですか……?」
シェスはまるで、それが解らないからお前は阿呆だといわんばかりに目を細めた。
狼の姿をしているシェスの表情は解り辛いが、長く一緒にいたのだ。解らないでもない。
俺を見ると、少し、優しい顔になる。
もう少し、眠れと言っているように見えた。
「……仕事がある」
「あ、それなら、保健室にいたとき、風紀の方が他の連中脅しておくと」
風紀の方がどいつなのか……脅すということは、おそらく風紀委員長だろう。
とにかく、風紀がそういうのなら、恐らく今頃生徒会室で無理矢理でも仕事をさせていることだろう。
俺は安心してベッドを暖めていられる。
「なら、寝る。シェス、それでいいか」
短く、シェスが吠えた。返事をしてくれているようだ。
「……ここまでくるのって難しくないですか、先輩」
アロウズの言うとおりかも知れない。
シェスは特別、人の気配に敏感であるから、少しの違いを嗅ぎ分けているような気がする。
俺は再び横になりつつ、少し笑った。
アロウズがシェスほどのツーカーになる日は来ないだろうと思ったからだ。



次に目が覚めると、ラベンダーの香りはしなくなっていた。
アロウズのかわりにシェスがいるのが、なんとなく解り、起き上がることなく、布団から顔を出し、ベッドの横を見る。
「……おはよう」
ベッドの傍らで伏せていたシェスの耳が何度かぴくぴくと動いたあと、ピンとたち、シェスはゆっくりと目を開くと、同じようにゆっくりと立ち上がる。
シェスの姿を目に納めた後、俺もゆっくりと身を起こした。よく寝たらしい、身体が少し痛いくらいだ。
「たぶん、起きれる。飯は、食卓でとる」
シェスが少し鼻を鳴らした。
どうやら俺の意見に反対のようだ。
「大丈夫だ」
気のせいだろうか、何故かシェスの視線が痛い。
どうやら駄目らしい。もう少し休めということだろう。
「お前は本当に主人のいうことを聞かないな」
思わず笑うと、シェスが不満そうに唸った。
知らないところで倒れるような主人に従ってやるつもりはないといわれているようだった。
「アロウズは……よばねぇとこねぇよな」
俺が呟くと、シェスがリビングのほうを見た。
すると、バタバタと騒がしい足音がして、すぐに寝室の扉が開いた。
「先輩、呼び出しが急です……あ、ルーゼ様お目覚めですね!おはようございます」
シェスが騒がしいアロウズにたしなめるような視線を向けた。アロウズは小さくごめんなさいと謝る。
「え、それ言うんですか?言わなきゃばれませんよ。え?え?いずればれるんですか?そうですか……いえ、それをちくちく言うような度量ではありませんよ、ルーゼ様は。えー……でもいうんですか……仕方ないですねぇ」
アロウズがシェスと会話しているようだ。
アロウズはよくしゃべるが、シェスはこんなときでも静かだ。
「さすがに自分の口で?え、でも。怒られますよ、だって……あ、はぁ。そうですね、謝るんですね。解りました」
どうやらシェスが自ら俺に、何か言ってくれるらしい。
謝るということだから、何かシェスが悪いことをしたかもしれない。しかし、俺はシェスがなにか悪いことをしたということが想像できない。
俺は黙ってアロウズとシェスを眺めていた。
シェスは、少しベッドから距離をとると、一つ身震いをした。
何かを考えている間もなく、俺の視界に膝をつき、頭を垂れる人間の姿が目に入った。
髪の色は、シェスの毛並みと同じ灰色に白が混ざったものだ。
この髪色、髪型、どこかで見たなと考えていると、シェスが顔を上げた。
「……おい、アロウズ」
「はい、なんですか、ルーゼ様」
「あいつは」
「はい!先輩です!びっくりしたでしょう?かっこいいと思いませんか」
アロウズは本当に口から生まれたのだ。そうに違いない。本当に余計なことを言う。
確かに、アロウズの言うとおり、それはかっこいいといわれるだろう男だった。
灰色に白のメッシュが混ざった髪に、薄い黄緑の双眸。狼の姿であったときの面影を残す鋭い目つき、無表情であるが、女が放っておかない顔をしている。
「主人」
声までも低くていい声である。
しかし、その声も、姿も、俺をベッドに押さえつけた男のものだ。
「……本当に、シェスか」
「……今の主人なら、わかると思うが」
その通りだ。
あの時はまだ本調子ではなかった。
今も、本調子ではないが、従えた精霊の気配くらいわかる。紛れもなく、男はシェスだ。
「俺が言いたいことはわかるか」
「まず、主人に無礼を働いたことを、申し訳なく思う。本当に、申し訳ない」
解っているようだ。
まず、俺をベッドに縫いとめたことを謝ってきた。俺は不機嫌な顔でシェスを睨む。
シェスだと解ると、どうしても怒鳴れないのは弱ったものだ。シェスは、いつも俺のためを思って行動してくれる。解っているから、怒鳴れない。
「次に、主人はまだ気付いていないようだが、契約違反をいくつかした」
「……言え」
「この部屋から許可なく出た。そのため少しの間、主人の居住場所を守ることができなかった。主人の意思に反することを……先程言った無礼を働いた」
俺はしばらくシェスを睨みつけたまま、唸った。
ますますシェスを怒鳴ることなどできない。
この部屋から出て行ったのは、アロウズが慌てて呼び出しでもして、それに応えた結果だろう。俺が意識を失ったということは倒れたということだろうし、アロウズはそういうとき慌てることくらいしかできない。戦うことは驚くほど有能なのだが、こういった緊急事態は得意ではないのだ。
次に、家を……俺が今、住んでいる部屋を守るのはシェスの役目であるのだが、俺が倒れてしまい、それにかけつけたシェスがそこを離れるのは仕方がないことだ。契約の魔法により、シェスは痛い思いもしたことだろうに、契約違反だというシェスがあまりにも素直すぎる。
最後に俺をベッドに倒したことだが、それが一番俺を不機嫌にさせる原因であり、シェスを怒鳴りたくても怒鳴れない要因でもある。
シェスがしたことは、確かに無礼な上に乱暴である。
しかし、そうでもしなければ、俺はあの時寝なかった。
自信がある。
シェスは何一つ、悪いことなどしていないのだ。
「主人が望むのなら、契約破」
「そんな必要はねぇから」
契約破棄など、してやるものか。
「しかし」
「シェス。おまえに落ち度は一つもねぇ。俺は不機嫌だが、怒るに怒れねぇし、だいたいお前を解雇したら、俺の部屋の家事全般は誰がするんだ」
「他の家事が得意な連中か、世話好きな連中を呼び出せば済む。主人なら簡単だ」
確かにその通りだ。
簡単にできる。
しかし、シェスのような働きは、きっとなかなかできない。
「俺はお前が気にいってんだよ。お前みたいな優秀なやつはそういねぇし、帰ってきてお前が待ってねぇと寂しいだろうが」
いつも、俺をドアの前で待ってくれている。
俺は存外アレが好きだ。
おまけに手触りのいい頭まで撫でられる。いいこと尽くめだ。
「……主人はそれでいいのか」
「いい。お前がいないと困る」
ふわりとシェスが表情を緩めた。
とても優しく、柔らかい表情だ。
「……俺も主人がいないのは、寂しい」
俺はその表情と、急に和らいだ声を聞きながら、何度も何度も繰り返し思った。
シェスだよな、シェスだぞ。何を照れる必要があるんだ。いや、シェスだからか?
しばらくは悩みそうだ。












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